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2011/03/06 (Sun) 僕たちは世界を変えることができない

最近先輩が読んで部室に寄贈してった本の宣伝。

僕たちは世界を変えることができない。僕たちは世界を変えることができない。
(2008/03/15)
葉田 甲太

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カンボジアに150万寄付して学校作る学生の話。
ボランティアって何?
崇高なことなの?
ボランティアしてる人って偉いの?

みたいなことを考えさせてくれる作品。

管理人は昔学校にやってきたライオンズクラブの人に

「人間はなんのために生まれてくるのか」

と問うたことがあるのですが(当時絶賛中二病だったんでしょうね←)
その答えが

「生きるために人間は生まれてくる」

でした。
なんともまあ綺麗なお答えですこと。

でも今考えるとこれ、答えぼかしてるよね…
まあ哲学的な話になるんで明示するのを諦めたんでしょうが。

それに比べてこの作品の親しみやすさといったら!

学生ボランティアの話なのに(学生ボランティアだからかもしれないけど)色々とシモいワードが…
以下印象的なフレーズ

・ナンパ
・オ●ニー
・デリ●ル
・AV


列挙すると改めてすごさを感じる笑
別にこういう話ばっかりじゃないけど。

作品を読んでるとやっぱ究極的にボランティアは「偽善」で成り立ってるんだな―
としみじみ思う。

でもこの偽善というやつがお互いがwinwinな関係になれるんなら最高だと思う。

自費出版なのであんまり見つからないだろうと思うけど見つけたら是非読んでみてくださいヽ(・∀・)ノ


タイトル、深いよねえ。

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2010/04/28 (Wed) 硝子戸の中

昨日3時間で仕上げたレポートです。

ところどころ粗はあるし、言ってることが当たり前すぎて泣けてくる(;´д`)

そんな今回の作品は夏目漱石作「硝子戸の中」です(*^ー^)ノ♪
なかなか作家が決まらない…


病気がちでなかなか外に出ることのかなわない作者の夏目漱石。日々世間について疎くなっていくと感じる一方で彼の元には多くの人が訪れていた。
正確には人だけではない。時として動物や過去の思い出がふとした切っ掛けで彼の書斎に現れるのである。
訪問者は漱石に悲しみだったり世界の不条理さ、そして一抹の寂寥感を感じさせて去っていく。
愛犬であり飼っている最中に半分のらと化してしまったヘクトーの死。
自分の半生を漱石に作品として書いてほしいと言いながらいつの間にか自分は生きるべきか死ぬべきかを問うてくる不思議な女。
友人から買った本を返せと言われて金をもらわずに返した思い出。
父が自らの性を名として付けたもののあまり定着しなかった坂。
彼らとある時は書斎、ある時は庭先、はたまたある時は街中や床屋にて出会っていく漱石。彼らに対して漱石は何をし、何をもたらすのだろうか。そして彼らは漱石に何をもたらすのだろうか。


この作品は夏目漱石の自叙伝という位置づけになる。描かれることは漱石が本当に体験した、もしくは本当に聞いた話だろう。しかし描かれることの多くは暗い話が多く、その半分ほどは人の死と関連していると思われる。これは何故か。私は漱石が「死」を恐怖の対象として見ていなかったのではないかと考える。
作中で漱石本人も語っているが彼が病気がちであった。漱石が度々患っていた病気は完全に死を意識するようなものではなかったが「床に伏すと床に上がるのに一カ月かかった。」と「病気はいまだ継続中である。」という記述を見るに病弱な体を憂うことはせずとももどかしく思っていたのは確かなようである。よって漱石にとって死はとても身近なものだったのではないだろうか。そのため彼は自叙伝であるこの作品に彼の近しい友人の一人という扱いで「死」というものを何度も登場させたような気がしてならない。
しかし作中にはこのような記述もある。
「ひとの死ぬのはあたりまえのように見えますが、自分が死ぬという事だけは考えられません。」(作中63P12行目より抜粋)
これに対し作中で漱石は大変納得している。だがこれは至極まっとうなことなのである。漱石は「死」を友人として認識していたというならばその友人は自分にとって安全な存在でなければならない。自分の周りによくいるが、自分を決して襲うことはないと思っていなければ「死」などという未経験の恐怖は受け入れることができないだろう。
故に彼の周りで死が増えても彼は自分の番が来ることを期待も絶望もすることもなく自分よりも健康なことを自慢していた人がどんどん死んでいくこともごく当たり前の事象として受け入れることができたのだ。このことから漱石は「死」を友人とみなしていたであろうことがはっきりと言えるのではないだろうか。
漱石の「死」との奇妙な友人関係。彼は死に直面した時も彼を友人として扱えたのだろうか。それは誰にも分からない。

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2010/04/21 (Wed) 遠乗会

自分で読む本のレポートに加えて課題本の概要もある不思議。

三島由紀夫の短編小説なんですけど
一人で読んでも内容はわかるんだけど読むだけだと
楽しくない本ですね。
まあ授業の受けがいがありますが。

今週の課題は三島由紀夫作
「遠乗会」です(*^ー^)ノ♪

葛城夫人は息子の正史を友人の自転車を窃盗したことが不起訴処分になったのを機に仙台の物堅い教育者の家に預ける。
夫人は息子のことを思いながら罪を犯した息子の反省を促すため満足に差し入れをすることもできずに母性愛に苦しむ毎日を送っていた。
そんなある日夫人のもとに息子あての乗馬倶楽部の遠乗会への案内状が届く。夫人はこれを破り捨てようと思ったが、息子が堕落した原因である息子の意中の人、大田原房子がこの倶楽部に参加しているのを思い出しこの遠乗会に参加して房子に会ってみようと思い立つ。
遠乗会当日。夫人は房子と彼女が乗る馬が到着するのを今かと待っているとその場にある思いがけない人が現れる。
夫人が30年前に演壇をお断りした由利将軍である。由利将軍の登場に驚きと同時に将軍の変わらぬ愛情を思う夫人。
その時遂に夫人が待ちかねた大田原房子が悠然と夫人が次に乗る予定である「楽陽」に乗ってやってくるのだった。


読了サンクスヽ(・∀・)ノ
書評は無しです。
概要だけ~

読みたかったら三島由紀夫の
「花ざかりの森・憂国」
という本を買ってみてくださいヽ(・∀・)ノ

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2010/04/17 (Sat) 河童

毎週文庫本一冊読んでその概略と書評を書かなくてはいけない講義が毎週火曜にあります。
わりかし読むのは好きだけど書評がとにかくめんどくさい。

で。

せっかく書いたんでここにもアップしようと思う。
うん。勿体ないしね。

興味ない人はあんま読まない方がいいですよ~
堅物な文章に加えて1200文字もあるからね(^-^)

今回の作品は芥川竜之介作『河童』デス(*^ー^)ノ♪



精神病棟の一室にて筆者はよく喋る狂人、患者第23号と出会い彼が誰にでも話すというという話を聞く。
そこで話される話は日本のどこかでは河童がひっそりと人間に悟られることなく人間と同レベル程度の文明を築いているという摩訶不思議な内容だった。
患者23号によると彼は穂高山に登る山中にて河童に遭遇。逃げ去る河童を遮二無二追いかけて河童の世界に辿り着いたという。彼は居心地の良いその世界にて河童の友人を作り日々河童の常識について思索に耽る日々を始める。人間世界では到底考えられないような理不尽な河童世界の常識や人間の視点で見てはとても可笑しな河童世界の深刻な事態。彼は時にそれらに驚き、時に大笑いして日々を過ごしていく。
しかし患者第23号は友人である哲学者ペップの自殺とそれを発端として起きた出来事をきっかけに人間世界に帰ろうと思いだす。だが、彼は帰った人間世界であることに気付き始める。

 この作品は前半部分の殆どが河童世界の常識の描写にあてられている。患者第23号がとある事象に遭遇し、彼が人間の常識でそのことに対応しようとするが河童世界では全く対応が違う、という流れが何度もある。
異世界という設定なのだから当たり前と思うかもしれないが描きすぎともとれるほどだ。これはおそらく作者が読者に河童世界は人間世界とは全然違う所である、という印象を強めようとしたからではないか。この印象は我々に「河童世界と人間世界は全く違う所である。」という錯覚を起こさせる。しかし河童世界は「常識が違うだけの人間世界」に過ぎないのだと私は思う。 
これは作中でも暗に記されている。天才音楽家クラバックは自分と競り合う音楽家ロックの存在を恐れた。新聞会社社長のクイクイは労働者の味方を謳いながら硝子会社の社長ゲエルの後援を受けていた。どちらも河童であるにもかかわらずとても人間的だ。 
ここから導かれる作品の意義は「理想郷の不在」ではないだろうか。作中前半、患者第23号はこの生活を気に入っているようだった。その理由に人間世界のしがらみからの解放というのもあったのではだろうか。しかし哲学者ペップの自殺、そして怪しげな委員会と彼の幽霊との問答の記事を読んでいくうちに彼は河童世界から人間の世界に帰りたくなってしまう。彼は河童世界でも人間世界と同じしがらみを見つけてしまったのだ。誰だってここでないどこか別の世界へ行けば楽に生きられる等の願望を持っているだろう。天国云々の思想もそれと類するものだと思う。彼はそれを真正面から打ち砕かれてしまった。ここから先は推測に過ぎないが彼が今精神病棟にいる理由はこれではないだろうか。彼は拠り所をなくしてしまい狂人となってしまったのではないかと私は思うのである。
私はまだ河童に出会ったことはないが今後も会いたくないものだ。




読了センキュー。
無断転載は駄目ですよ。
チラシの裏に書けと言われても仕方がない文章ですが( 一一)

ついでにこの文章に対してコメントを残していただけると有難い<(_ _)>↓
勉強になるんで。

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